001.Exceed Mach 1! #002

 父親同士の親交の関係で、俺達四人の付き合いは子供の頃から続いている。属しているコミュニティや性格が違っても、色々な意味での距離の近さは変わらない。
 その一人である保が祖父から継いだのが“名曲喫茶エリーゼ”だ。
 今夜は仕事帰りにではなく、一旦帰宅をして着替えてから営業時間外に向かう。
 店の裏に建つ自宅の玄関から訪問すれば、「こっちからは久しぶりだね」と一笑された。
 男の一人暮らしは同じ。荷物の量はむしろ保の方が多いのに、程よく生活感を残して片付いた居間は心地いい。
「克也は?」
 ソファーに腰を下ろしながら聞くと、台所へ行った保に代わって返された。
「そろそろ来るんじゃねぇの」
 背もたれに面倒臭そうに身を預けたボンの愛称は“坊ちゃん”に由来したものだ。
 親世代の話によると、こいつの父さんが『うちのはボンボンだから』とぼやいたことが発端だったらしい。
 それはともかく。
「珍しいよな。こんな風に集合かけられるの」
 改まって連絡を取らずとも“エリーゼ”で普通に顔を合わせている。
「面白そうなものを見付けたって言ってたよね」
 戻ってきた保からコーヒー入りのカップを受け取っていると、来客を告げるチャイムが鳴った。
 玄関で出迎えを受けた克也が、家主と共に姿を現す。
「悪ぃ、遅くなった」
 だらけた姿勢を正すことなく、ボンが問いかける。
「で、なんで保んち?」
 ごそごそと取り出されたのは一巻のビデオテープ。
 ジップパックに入れたそれを軽く振って示す克也の顔にゆるい笑顔が浮かんだ。
「再生させてもらおうと思って。これ」
「お前の家にもなかったっけ、ビデオデッキ」
 世の主流は移っていても、他に媒体を持たない映画やドラマを有する俺達の親にとっては現役の家電。
 故障でもしたのかと考えつつ尋ねれば、克也の表情に気まずさが混ざった。
「あるけど、内容によっちゃいたたまれなくなりそうでさ。なんか、いやに大事そうにしまってあっただけに」
 保護ケースに収まっただけの、黒い本体にノンラベルのビデオに視線が集まる。上書き防止のツメは折られていて、そのテープが特別なものであることが窺えた。
「無修正のなにか的な?」
「見たら呪われるとかないよな」
 ボン、俺に保が次ぐ。
「市販の録画用みたいだし、大切な思い出関連とかじゃない?」
 ビデオデッキをいじりながら克也が話を締めくくる。
「まあ、よほどのものが入ってるかもだからな、どうせだしみんなで見ようぜ」
 再生ボタンをうきうきと押す幼馴染の背後、掌をすり合わせながら保がこぼす。
「気まずくなるようなものが映っていませんように」

 収められていたのは、画質やカメラワークからハンディカメラを用いて撮ったものと思しきライブ映像。
 四半世紀以上、おそらくは俺達が生まれる以前にどこかの箱で行われたものだろう。
 ボーカル、ギター、ベース、ドラムからなる男性四人のグラム・メタルバンドで、濃い化粧に華やかな衣装からヴィジュアル重視の印象が先行する。
 けれどそれは、演奏が始まるなり粉々に砕け飛んだ。

 ――ソニックブーム。

 物理的には生じていない大音響は俺達の内に轟き、爆発的な衝撃と共に突き抜ける。
 その鮮烈なプレイは胸の奥底、いや、存在の根源に近い場所でなにかを呼び覚ました。

 収録曲全てを見終えたところで、テープを巻き戻しながらつぶやく。
「すごかったな」
「ああ」
 液晶パネルを前のめりに見つめたまま同意するボンに、保も高ぶった様子で相槌を打つ。
「そうだね。所々で時代を感じたけど」
「こう、がっと熱くなった」
 圧倒された気持ちを隠さず口にし、スマホを手にした克也が「ちょっと親父に聞いてみるわ」と部屋を出る。
 ノンテロップの画像から、彼らのバンド名を知ることはできなかった。
 程なく、電話で得た情報を伝えられる。
「“C.A.O.M”ってアマチュアバンドだって。インディーズかと思ったけど、海外で続けてる一人を除いてプロ志向はなかったみたいだな」
 そうした概要に、一同をぐるりと見て付け加えられる。
「別日のライブ映像、お前らんちにもあるんじゃないかって言ってたぜ」
「だったら探してみようかな。地層みたいになってるから見つかるかも」
 居間のクローゼットを顧みる保に、ボンが怪訝そうな顔をする。
「地層?」
「『細かくカテゴライズするの無理』ってさ、父さんが年毎に箱詰めして押し込んでるんだよ。時期以外は無選別だから、なにが入ってるかはわからないけどね」
 扉を開き、ダンボールの側面に書かれた西暦と通し番号を確認しながら説明された。
「よぅし、掘り起こすぞ」
 明るい声を上げた克也が保と共に作業に取り掛かる。
 ふと、腿の上で握り締めていた両手に目を落とした。
 バンドで食べて行こうと思ったことはなくても、全霊を傾けるに等しい状態もあったように思う。
 社会に出てからは、サポートメンバーとしての活動もやめてしまっていたけど。
「また、バンドやりたくなってきたな」
 ――当然だ、あんな演奏見せられたら。

[003]
☆☆☆
INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
Since/2011 Copyright (C) 天乃 球