002.The sky goes away #002

 ツアー中も続いていた閉塞感と重苦しい空気の中、気付かれないようにため息をつく。
 悠斗は眉をしかめてるし、利佳はぴりぴりしている。
 人見はただうつむいたままだ。
 誰一人口を開かない。
 視線を合わせることなく出番を待っていると、控室のドアがノックされた。
 板一枚向こうの事情なんて知らないテレビ局のスタッフが、明るく声をかけてくる。
「本番お願いしまーす」
「はい」
 ドアが開く前に浮かべた笑顔で笑顔に返す。
 “Liaison”のメンバー全員がそうだ。
 スイッチを切り替えたように変わる表情や雰囲気が気持ち悪い。

 ――筋肉の動きで、どんな顔をしているか鏡を見ずともわかる自分自身も。

 インディーズバンドとは言え知名度や集客力の高さもあり、俺達がメジャーデビューをするのに時間はかからなかった。
 ロックをベースにしつつもキャッチーな曲と華やかなビジュアル。
 タイアップ曲はいずれも人気となり、シングル・アルバムの売り上げは常に上位ランクインをしている。
 テレビやラジオ、雑誌での露出も多く、お茶の間での人気も定着した。
 全公演満員御礼だったツアーは無事終了し、オフの後の本格的なレコーディング期間に入る前の番組収録もこれが最後となる。
 ゲスト出演を終えてスタジオから楽屋へ向かっていると、テレビ局のバイトスタッフと思しき女の子の声がした。
「あれトーヤじゃない」
「うそ! “Liaison”!?」
 軽く顧みて営業スマイルで応え、廊下を進む速度を上げる。
 交差を曲がったところで、後方から聞えてきたのは先程まで一緒に仕事をしてた収録スタッフの声だった。
「ちやほやされて調子に乗ってるよな、“Liaison”」
 視界を外れているらしく、足を止めた俺達に気付いた様子はない。
「メジャーに飼い慣らされた感ハンパないし」
「人気取りなの見え見えなんだよ、最近の曲」
 当人達の耳に入っていないことが前提の容赦のない批評に、悠斗が怒りを握り潰すように拳を作る。
「まあ、そんなもんじゃないの。商業的には売れなきゃ意味ないんだから」
「けど、ほんとつまんなくなったよな。あのままインディーズでやってりゃ良かったのに」
 声の遠ざかり具合から、途中にあった階段を下りて行ったんだろう。
 剣呑とした雰囲気の中でかち合わずに済んだことに、正直ほっとする。
 押し黙ったままそれぞれ思うところあるように歩き出し、楽屋の内側からドアを閉めたところで利佳がキレた。
「っざけんな!」
 テーブルに用意されていたペットボトル飲料を取り、床に叩き付けようとするのを静かな口調で制する。
「物に当たるなよ」
 衝撃音は昔から苦手だ。
 なにかが壊れる音なんてもってのほか。
 おまけに今は、聴覚過敏と耳鳴りとでただでさえ苛々してるっていうのに。
 小さく息を吐き、無表情になっているだろう顔に筋肉で笑顔を作る。
「そんなことより次のアルバムの方向性だろ。オフに入る前にテーマだけでも――」
「なんかもう、作る気しねぇわ」
 言葉を遮った利佳が、噛み付くように言葉を継いだ。
「原型わからなくなるまで直させられんのに、俺達が作る意味なんてどこにあんだよ」
 答えに窮する。
 要望に合わせて修正を繰り返し、OKが出る頃には原曲とは似ても似つかないものになっているからだ。
 その悔しさや徒労感がわかるだけに返しようがない。
 そこへ冷ややかな声が響いた。
「じゃあ、もうやめろよ。曲に限らず、脱退するって言っても俺は止めねーから」
 突き放した悠斗に対し、売り言葉に買い言葉で利佳が感情を叩き付ける。
「それもいいかもな。トーヤさえいりゃ、他のメンバーが変わっても“Liaison”だ」
「そんな訳ないだろ」
 うちのベースは利佳以外考えられない。ギターの悠斗にしても、ドラムの人見にしたって同じことだ。
 けれど俺の思いは、これまで愚痴をこぼしたこともなかった人見にすら否定された。
「そんなもんだよ……、結局……」
 愕然とする俺を見ていた悠斗が、利佳と人見に視線を移して言い放つ。
「ま、清々するな。ツアーもようやく終わって、しばらく顔合わせなくていいと思うと」
 通り抜けざまにその手でぽんと肩を叩かれ、「曲、後で送るわ」と耳打ちされる。
 掌で顔で覆った利佳も、邪念を払うように軽く頭を振ってからため息混じりに口にした。
「俺も。テーマなんて後付けでどうにでもなるだろ」
「ごめん……。調整、任せる……」
 気まずそうに目をそらして楽屋を出て行く人見の背中を、ただ立ったまま見送る。

 ――どうしてこんなことになったのか。

 フランス語で“Liaison”は『連結』。
 俺達の結びつきが事実上ばらばらになっていることを、目に見える形で思い知らされた。
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