002.The sky goes away #003

 高層マンションのペントハウスを自宅にしたのは、ステータスが欲しかったからじゃない。
 昼も夜も空がよく見えるし、街も一望できるから。
 ただし、本格的に歌ったり楽器を鳴らす時はそれらから遮断される。
 奥にある防音室に入ると、レフティモデルのギターを手に取った。
 尊敬するバンドのリードボーカル兼ギタリストに倣って選び、音楽活動を始めてからというもの苦楽を共にしてきた相棒だ。
 “vapor⇔cone”と“Liaison”の曲を数多く生み出してきたそれを抱え、書き掛けの譜面を広げる。
 以前は集まってやっていた曲作りは今や分業となり、セッションの中からなにかが生み出されることもなくなった。
 メンバーが送ってくる曲の断片を、流通に乗せても遜色ない作品として『連結』させる。
 そう考えるなら名は体を表しているし、英語の“Liaison”が持つ『連絡』『調整』『連絡係』という意味も自分にはお似合いだ。
(その点じゃ、俺が回してるようなもんだな)
 だとしてもそれは、物理的なことでしかない。
(カリスマだなんだって、薄ら寒い)
 高難度とされるものも含み、楽譜の再現率と適合率の高さは機械判定でも実証済みだ。
 けど、それ以上の技術を持つ人間や、上手い下手に係わらず心を惹き付けてやまないボーカリストはたくさんいる。
 俺が持っているらしい“カリスマ”が、客観的な評価である“非常に恵まれた端麗な容姿”の上乗せ分でしかないことは自分でもわかっていた。
 昼間の言葉が時間差で、ばね仕掛けの棘さながらに胸に突き刺さる。
『ちやほやされて調子に乗ってるよな、“Liaison”』
(調子に乗ってる? 俺達の誰が?)
 人前で仲良く楽しそうに振舞うのも仕事の内。
 その実満身創痍で、メンバー全員が限界ぎりぎりのところで踏み止まってる。
『メジャーに飼い慣らされた感ハンパないし』
『人気取りなの見え見えなんだよ、最近の曲』
 歌だって自由に作れない。
(出すもの出すもの一蹴されて、演奏にも細かく注文つけられて、そんなの好きでやってると思ってんのか)
 ヒットチャートで結果を出す為、時に音楽性を折ることさえ強要される。
『まあ、そんなもんじゃないの。商業的には売れなきゃ意味ないんだから』
『けど、ほんとつまんなくなったよな。あのままインディーズでやってりゃ良かったのに』
 人の心を動かすなんてきれいごとで、“良作”とされるのは企業の利益率が高いもの。
 “Liaison”のメンバーのみで作られた原曲は、ごみ同然の扱いだ。

 躍動していた音符は砕け散り、吹き溜まりに飛ばされて残骸の山を築く。
 俺の中で生気に満ちていた音達は、とっくに死に絶えていた。

「つまんねぇつまんねぇうるせえんだよ! そんなの俺が一番わかってる!」

 声となって噴出した激情が、防音室に響く。
 ギターを抱えたまま背中を丸め、こめかみを押さえ付けるように両掌を当てた。
 肩が上下する程荒く乱れた呼吸が落ち着きを取り戻す中、固く閉じていた瞼を上げる。
 “Liaison”や“トーヤ”が消えたとしても、惜しまれるのは少しの間だけだ。
(その時期を過ぎたら言われるんだろうな。『昔人気あったよね、そういえば』って)
 実際には製作時の面倒なやりとりしか詰まっていない、耳ざわりがいいだけの歌。
 からっぽのそれを、さも思い入れがあるように語り、歌う。
 まるで詐欺師だ。
(“あいつ”と変わんねぇな、今の俺は)
 手の中にあれば苦しくなる葛藤と本心は、力の限り遠くへ投げ捨てた。

 静かに、けれど確実に、自分が狂って行くのがわかる。

 具合が悪くない日なんてない。
 時計を見て防音室を出ると、心療内科でもらった処方薬を取る。
 PTP包装に収まったままの錠剤にじっと目をやり、ため息をついた。
「飲んでも、良くなる気がしないんだよな。最近」
 むしろ、服用期間が長くなる程悪化してるような気すらする。
 体調も、メンタルも。
「次の診察日に先生に聞いてみるか」
 持っていたそれを袋に戻し、引き出しにしまった。
 替わりに手にしたライブチケットを見つめ、表情を緩める。
(省介、またバンド始めたんだな)
 リアルタイムで観られないことはわかってた。
 取り置きじゃなくて郵送してもらったのは、形になるものが欲しかったから。
 完全な個人視聴用ではあっても、ライブを撮らせてもらう対価でもある。
 水臭いからいいよと言われはしたけど、これは譲れなかった。
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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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