002.The sky goes away #004

 曲作りの為、ほぼ一日を防音室で過ごす。
 そんな日々を挟んで、待ちに待った日がやってきた。
 “Liaison”のボーカルとしてのイメージつまり妖艶な雰囲気を出すものではなく、ネルシャツにダメージジーンズを合わせてフィールドジャケットを羽織る。
 肩下まであるマロンブラウンのウルフレイヤーはニットキャップに押し込んだ。
 支度の為に部屋と部屋をうろうろする中、サンルームから差し込む日の光に目を細める。
「自然光なんてほとんど浴びてなかったからな」
 季節的にも時間的にもそれほどの光量じゃないはずなのに。
 ノーメイクでも推測の効く顔を隠す以上に、眩しさを和らげるという本来の目的からサングラスもかけた。

 現自宅からは少し遠いこの街に来るのは久しぶりで、懐かしい風景は夢だけを追っていた頃の思いを呼び起こす。
 寄り道をしたい気持ちを抑えて歩を早め、両壁を告知物で埋められた狭い階段を下りた。
 “Vortex of sounds”
 バンドを始めてからメジャーデビューをするまで拠点にしていたライブハウスだ。
 地下のエントランスドアを開けて受付の奥に呼び掛ければ、事前連絡もあってすぐに店長が出てきた。
 顔を見るなり、掌を合わせて頭を下げる。
「ごめーん、忙しいのに頼み事して」
 父親世代だからなのか、昔から息子みたいに可愛がってもらっていた。
 先日ここで行われた“Garrote/R”のライブの録画を頼んだのもそれに甘えてのこと。
 ハンディカメラを使っての動画撮影の許可はメンバー達にも取ってある。
「俺の忙しさなんて、お前に比べりゃ大したことねぇよ。ほら、焼いといたぞ」
 そう言っておきながら、プラスチックケースに入ったDVDは店長の指先に掴まれたまま。
 わずかな間を挟み、奥の机に置かれたパソコンを顎で示された。
「観て行くか?」
「いいの?」
 迷惑にならないなら、今すぐにでもそうしたい。
「出演バンドの到着までまだあるからな」
 手招きをされてカウンター内を回り込むと、動画再生の手順を踏みつつ茶化される。
「誕生日プレゼントを前にした子供か」
「俺はそんな気持ちでチケットを眺めてたよ」
 わくわくしながら指折り数え、当日を待つあの感覚。
 ディスプレイに映し出される友達四人の姿を前にして噴き出した。
「ってか話には聞いてたけど、癖のある奴ばっかりだな」
 勢いと臨機応変なドラミングの克也に、メトロノーム同等のテンポ感を持つ省介。
 柔と剛のリズム隊は不思議と長所をつぶし合うことなく一体感を生み出している。
 ボーカルにしても、ギター中心のインストで行ける技術と華やかさを持つゆえに他のパートを食いがちなボンの演奏に負けてない。
 俺と同じミックスボイサー。
 ただし、心のこめ方とハイトーンにおいては保の方が上だ。
 特化型プレイヤーで成り立つ“Garrote/R”は、バランス面での不安定な要素も含めて“面白い”。
「あーっ! 生で観たかった! この場にいたかった!」
 予定調和とは無縁のステージを見終え、内から溢れる感情そのままに叫ぶ。
 それから、動画を観る俺にハンディカメラを向け続けている男を睨み付けた。
「なに? 勝手に撮られたら困るんだけど」
 レンズにかざした手で撮影を遮り、わざとらしいまでに冷ややかな対応をする。
 双方共に、すぐに笑いを堪え切れなくなった。
「久しぶりだな、吉良」
「おう」
 “Liaison”結成前のバンド“vapor⇔cone”のオリジナルメンバーであった吉良は、このライブハウスでPAをしている。
 ハンディカメラの電源をオフにしつつ、言葉を継がれた。
「なんかほっとした」
「なにが?」
 安堵されて首を傾げれば、カウンターに身をもたせて言われる。
「もう、最近痛々しくて見てられなくて、お前のこと」
 カラーの異なるロックバンドで一緒にやってた吉良の目には、今や間逆とも言える路線を行く俺はそんな風に映っているんだろう。
「ごめんねー、アイドルみたいになっちゃってー」
 いかにも冗談めかせて肩を上げると、「じゃなくて」と方向修正された。
「笑ってないだろ、このところずっと」
 軽口ばかり叩くこいつには珍しく真面目な様子に、俺も態度を改める。
「さすがに付き合い長いだけあるか」
 感情が入ってないものをノーカンとするなら、その指摘は正しかった。
 メディアに取り上げられる表情筋を使った笑顔も、それが醸し出す行き詰った感も、見る奴が見ればきっと痛々しい。
「さっきの動画見せとくわ。省介も心配してたからな」
 ハンディカメラを手に一笑され、軽くため息をつく。
「心配性なんだよ、あいつは」
「見る度やつれというてよく言うわ」
 “Liaison”のボーカルのイメージ的には不健康に見える方がいいとはいえ、本当に身体を壊したら洒落にならない。
 いや、洒落にならないところまで既に来ていた。
 元々細身の体は更なる肉の減少により骨格標本さながらで、薄着の季節が来る前になんとかしないと本当にまずい。
 なにより、ライブに必要な体力が落ちてきているのは。
 そんなへヴィーな返しができるはずもなく、ふざけて笑う。
「そりゃ、馬車馬のように働かされてますし」

005
☆☆☆
INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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