002.The sky goes away #005

 視界を限定する目隠しを付けられ、前方だけを目指して一途に商業活動を続ける。
 それこそ、“Liaison”の為だけに生きてるようなもんだ。
「上手く行ってないんだろ、中」
 やっぱり、こいつには隠し事なんてできない。
「“vapor⇔cone”三期を見てるみたいだよ」
「ああ」
 鬱々と息を吐かれた。
 当時のことは吉良の胸にも苦々しく刻まれている。
 カウンターに突っ伏し、過去に現在に存在を確認する度に怒りが沸いてくる男の名を口にした。
「暁が戻ってきたいって話が出た時、お前と悠斗の意見を通してたらどうなってたんだろうな」
「それはそれで揉めたんじゃないか。お前に押し付けて一度は捨てても、“vapor⇔cone”のオリジナルメンバーの一人だからな。戻れないってわかったら、周囲を巻き込んで大騒ぎしてただろうよ」
 息をするように嘘をつくあいつの吹聴が原因で、圏外脱出を余儀なくされたり、外圧でクラッシュさせられたバンドは確かにあった。
「冬哉はバンマスとして筋を通しただけだし、省介だってそれを望んでただろ」
「その結果が空中分解か」
 暁への憎悪を内包した“vapor⇔coneV”は、俺がトリガーを引いたことにより最悪の形で解散した。
「省介を切ったのは、俺が弱かったからだよ」
 顔を囲う腕の中で自嘲すれば、額の代わりに頭をデコピンされる。
「お前が負い目を感じてること、あいつは地味に気にしてるぞ」
 その性格を知っていて負い目を拭えない自分に対して更に負い目を感じる、負のスパイラルだ。
 省介の心を晴らすには、俺自身が考えを改める以外にない。
 上体を起こすことなく黙り込んでいると、仕方ねぇ奴だなとばかりに言われた。
「メンバー交代がなくても解散は避けようがなかっただろ。元々期限付きだったし」
「それでも」
 カウンター台に未練を残したままのろのろと面を上げ、コルクボードにピン止めされた一枚の写真を顧みる。
「もっときっちり終わらせてたら、なにか変わってたのかなってさ」
 レンズに寄ってはしゃぐ俺と吉良に向けられるのは、悠斗の呆れ顔と省介の苦笑。
 一眼レフで撮られたスナップの端には“vapor⇔coneU”のロゴシールが貼られている。
 あの時期にしか存在しなかったきらきらとした瞬間は、写真の中で今も輝いていた。 
「じゃ、そろそろ行くよ。省介にも後で電話しておく」
「ああ」
 店長から受け取ったDVDを手にカウンターを出て、エントランスドアを開けようとしたところで吉良から声を掛けられる。
「健康には気を付けろよ。転んだだけで骨折しそうで怖いわ」
「俺はそんなにやわじゃありませーん」
 振り向いてくしゃっと笑い、“Vortex of sounds”を後にした。
 出入り口を背に見上げた階段の先には、青と赤を両極とし、細やかな中間色を含むグラデーションの空。
(きれいだな)
 一日の内にごく限定的にしか存在しないトワイライトタイムだ。
 掌をぽんと打ち、昇降口を目指して駆け上がる。
 そうして向かったのは、市民の憩いの場として開放された都市公園。
 走れば“Vortex of sounds”から分単位のその内の、ウッドデッキタイプの展望台の最上段から美しく移ろい行く天を仰ぐ。
 観光地に建つような立派なものではないにしても、階数換算で五階程度の高さはあり、景色を楽しむには充分だ。
 アミューズメント的な要素がない為か、眺望や駅近くという立地に恵まれていながらひと気がほとんどないこともありがたい。
(本当はやっちゃいけないんだけど)
 飾り気のない手すりを乗り越え、下手を打たなければ落ちない程度には幅のある縁に腰を下ろす。
 薄明はやがて夕焼けに変わり、静かに日没を迎えた。
 貸切状態の展望台からビル群の輝きを眺めつつ、省介に電話を掛ける。
 休日とはいえやることも多そうだし、都合を確認してから切り出した。
「動画で観たぞ、ライブ。お前なにあの格好」
「色々あるんだよ」
 困ったように苦笑いをするさまが目に浮かぶ。
 高名や伝統を重んじる職場なだけに、言われる通り“色々”面倒なこともあるんだろう。
 レイヤースタイルの真っ赤なウィッグに、しっかりとしたステージメイク。
 思いのほか似合っているそれらが与える印象は、私立のお嬢様高の音楽教師とは程遠い。
「ともあれ、すげえいいライブだったな。考えたこともない組み合わせだったけど」
 ドラムスティックから持ち替えてのベースプレイも、ぴったりとはまっていた。
 他のメンバーも然りだ。
 この四人以外では“Garrote/R”にはならない。
「昔は方向性が違ってたからな、音楽の。今は不思議なくらいしっくりくるよ」
 今でこそだけど、幼馴染かつ周囲も含めて仲が良かったにも係わらずあの面子で演奏されたことはなかった。
 ライブにしても対バンのみで、保に至っては観客としてしか来ていない。
 そんな奴らが一つのバンドで、同じステージに立っている。
 “Vortex of sounds”で動画を観た時の興奮が、胸の中で花火みたいに弾けた。
「なんかお前達があんなに楽しそうに演奏するからさ。俺もまた、」
 勢いで口にし掛けて、はっとする。
(今更どの面下げて言うんだ、省介とやりたくなったなんて)
 湧き上がる高揚と共に言葉を飲み込み、もう一つの本心と替えて続けた。
「ライブ観たくなった。いいバンドだな、“Garrote/R”」
「だろ」
 わずかとはいえ不自然な間になにかを感じたのか、吉良曰く俺を心配している省介の方も話があったのか。
「冬哉」

006
☆☆☆
INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
Since/2011 Copyright (C) 天乃 球