003.さよなら、また明日 #001

 リビングのローテーブルに向かい、楽譜に鉛筆を滑らせる。
 六本線の左端には“TAB”の文字。
 思考とシンクロするようにうなりつつ、数字と記号を入れるとこめかみに手を当てたまま省介に目を向けた。
「えーと、確かこう……?」
「大丈夫、合ってる」
 自分で作った曲なのに、音楽理論に則った方法で形にしようとするとひどく難しい。
 俺達のバンド“vapor⇔cone”の既存曲を変換しているのには理由があった。
 必要なのは楽譜じゃなく、それを書く知識と技術。
 時折つまづきながら譜面を埋めて行くさまを傍らから見守りつつ、省介が笑顔を浮かべる。
「飲み込み早いな。合唱をやってただけあるよ」
「省介の教え方が上手いんだよ」
 ギターのタブ譜に書き込む手を休め、「合唱っても、楽譜見るより聞いて覚えてたしさ。読み書きとなると五線譜すら怪しい」と頬杖を突いてこぼす。
 脳へのインプット方法は今も変わらないし、伝えるにしても鼻歌やギターでなんとかなってきた。
 歌は得意で、作曲もできる。
 だけど、楽典とかそういうものはさっぱりだ。
 深くため息を吐き、ローテーブルに突っ伏す。
「実技がなかったら、通知表の音楽評価最低だったかも」
「極端だな」
 苦笑され、顔だけを上げて親友を仰いだ。
「今までは省介に譜面に起こしてもらえたけど、お前もうすぐいなくなっちまうだろ。だから、自分で書けるようにならないと」
 大学進学を決めている省介は、受験勉強に本腰を入れる為に“vapor⇔cone”を脱退する。
 オリジナルメンバーである暁が身勝手な理由で抜けた穴を埋めてくれたのがこいつだった。
 ベースの吉良が文化祭用のバンドを組んだ時、ドラムを叩けるという噂を聞いてメンバーに加わってもらった縁で知り合ったらしい。
 心の結びつきを確かなものとするのに、“時間の長さ”は必ずしも必要じゃなかった。
 特別な絆で繋がった“vapor⇔cone”二期のメンバーの中でも、省介は特別だ。
 こいつにとって大事な時期に余計な手間を掛けさせたくなくて、自分のことは自分でできるようにしておきたい。
 そんな事情は伏せたまま、少し前から楽譜とパート譜の書き方を教えてもらっている。
「引っ越すわけじゃないんだぞ。バンド活動は休むにしても」
「まあ、そうなんだけど」
 軽く笑ってから身を起こす。
「お前と一緒にやれて本当に嬉しかった。だからこそ、ラストライブは今の面子で出し切りたい」
「そうだな」
 色を正して告げると、視線を真っ直ぐに合わせて返された。
 “vapor⇔coneU”のメンバー全員が名残惜しむ中での脱退だ。現実味を帯びてきた日が最高の思い出となるように、今から色々考えてもいる。
「音楽教師か。お前ならいい先生になれるよ」
 省介とバンドを続けられないのは残念だけど、時がくれば道を違えなきゃならないのは最初からわかってた。
 学力水準の高い進学校で学業もきっちりやってる省介と、自由な校風の高校に通いつつ校外活動に力を入れる俺とじゃ、音楽をやる意味も目的も違って当たり前だ。
「冬哉はやっぱりメジャー目指すのか?」
「一人でも多くの人に聴いてもらう為にな。歌ってないとどうにかなりそうだし。だったら歌で生きて行きたい」
 相手によっては馬鹿にされたり軌道修正を勧められる夢は、真剣に受け止められた。
「頑張れよ。応援してる」
 改まって言われると照れ臭くて、落ち着きなくタブ譜に取り掛かりつつ返事をする。
「うん」
「それと。手に負えなくなったらいつでもこい。無理だと思った時は俺が楽譜に起こしてやるから」
 言外の意味に手を止めた。
 ――脱退した後でも、遠慮なんかしなくていい。
 “vapor⇔coneU”のメンバーでなくなったとしても、他の関係までリセットされる訳じゃないんだって。
「ありがとな」
 ちゃんと顔を見て礼を言ってから、浮かべたままの笑みを譜面に向けた。
 区切りがついたところで、省介が帰宅する。
 あいつに内緒で進めていることがあった。
 バンドを去る省介を送る為の歌作りだ。
「最後のライブまでに仕上げられるように、頑張らないとな」
 たどたどしい筆跡で記されたタブ譜を取り出して見つめる。
 吉良や悠斗にデモ曲を渡して頼む方法もあるけど、今回は自分の力でやりたい。
 パートに対応した楽譜をそれぞれの手元に残すことで、かけがえのない時間を分かち合った証にしたかったから。
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