003.さよなら、また明日 #002

 月一の委員会の帰り、校内の廊下の端を一人で歩きながら思いに沈む。
(省介の後のドラマー、そろそろ決めとかなきゃなんだけど)
 どうあっても、気が進まない。
(まだ考えたくないんだよな)
 というよりも“考えられない”。
 深くため息を吐いたところで、背後から声を掛けられた。
「冬哉」
 近付いてくる足音は、かつては当然のものとして傍らにあったもの。
 今となっては苦く忌々しいだけの記憶が蘇り、胸がむかつく。
 それでも無視はできず、足を止めると顧みた。
「……暁……」
「そう睨むなよ、友達なのに」
 天使の顔をしたフレネミー。
 騙されて辛酸を舐めさせられた奴らからどれだけヘイトを集めようと、目的が達成できるのならこいつは気にしない。
 この辺りで名の通ったバンドがドラマーを募集しているのを知るなり、暁は“vapor⇔cone”を放り出してその座に収まった。

 ――俺、地味な活動って性に合わないんだよな。もっとレベルの高いところじゃないと。人気のあるバンドでやった方が楽しいし、正当に評価してもらえるだろ。

 直前に迫っていたライブを前に俺達がどんなに慌て、ごく短期間での立て直しにどれだけ苦労したか。
 信頼を裏切りあっさり乗り換えた暁を、吉良も悠斗も俺も許しちゃいない。
 それなのにこいつは、何事もなかったかのように友達面して笑い掛けてくるんだ。
「いつも悠斗と一緒だから、中々話できなくてさ」
 しれっと言ってから、俺を気遣うように暁が続ける。
「あのサポートの奴、抜けるんだって?」
 その実嬉しくてたまらないんだろう。
 本心をにじませ醜く歪んだ口元を見据えたまま唇を噛む。
(省介はもうサポートドラマーじゃない。“vapor⇔coneU”の大事なメンバーだ)
「お前に託して離れたけど、色々なとこでやってやっぱり“vapor⇔cone”が一番だって思ったよ」
 俺の気持ちなんて丸っきり無視。
(嘘付け。“U”でバンドの人気が出たから戻ってきた癖に)
 バンマスを譲って“vapor⇔cone”を捨てた暁は、行く先々で揉め事を起こしつつ活動を続けている。
 言葉巧みに人間関係を操作し、被害者を装いながら。
 それでも悪評は一定数の人間に伝わっていて、当たり障りなく付き合う一方でコミュニティに食い込んでくることを警戒されている。
 露骨に避けたり、冷ややかな対応をする奴も増えてきた。
 そこで、古巣という訳か。
 省介の加入によって勢いを得た“vapor⇔coneU”は、地元最大手のライブハウス“Vortex of sounds”をワンマンで満員にできる程には育っている。
 まだまだこれからとはいえ、バンドの箔や、箱を埋めるオーディエンスの存在はこいつにとって魅力的だ。
 メジャーを目指す上で、更には承認欲求を満たす為の手段として、暁が“vapor⇔cone”を利用しようとしているのは目に見えていた。
 仲間も、バンドも、大切なものを踏みにじられるのはもう嫌だ。
「今――」
 更とは言わせてもらえなかった。
「当然だよな。自分で作ったんだから」
 物腰こそ柔らかいものの強い口調で言葉をかぶせられる。
 立て続けに右肩を掴まれ、壁に乱暴に押し付けられた。
「“vapor⇔cone”は元々、俺と冬哉のバンドだろ?」
 蛇に睨まれた蛙っていうのは、こういうことを言うんだろう。
 自分の意気地なさと無力さを、はっきりと思い知らされた。

 ――こんなんじゃ、守りたいものすら守れない。
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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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