003.さよなら、また明日 #004

 引継ぎの日程調整やドラマー交代の発表のタイミングを探る中、“Vortex of sounds”でのワンマンライブは今日も大いに盛り上がっていた。
 ロック主体であることに変わりはないにしても、“vapor⇔cone”二期のカラーは省介の加入によって現メンバー全員の本来の嗜好に近付き骨っぽいものになっている。
 ファン層も方向性を同じくした若い男率が高い。
 野太い歓声の響く中、セットリスト最後の曲を前にMCに入ろうとしたところで――。
「ここで重大発表がありまーす」
 スタンドマイクを前にした俺の脇から割り込んできたのは、復帰予定こそあれなんの打ち合わせもなく現れた次期ドラマーだった。
「暁、どうして……」
「先延ばしにするとぐだぐだになっちまうだろ? だから♪」
 茶化すように肩をひょいと上げ、含みのある笑みを浮かべた暁が省介を顧みる。
「今まで“代理”お疲れ様。最後の曲は俺が叩くから」
「!」
 かわしようのない状態で、正式なメンバーは自分なのだと満員のオーディエンスに知らしめる。
 暁が企てたのは、省介を“vapor⇔cone”から強制退場させることだった。
 それも、わざわざあいつを傷付ける言い方で。
「さ――」
 突然の出来事に会場内がざわつく中、マイクに掛けていた手に力がこもる。
 一触即発の雰囲気を一気に飛ばしたのは、ドラムセットを挟んでの穏やかな声だった。
「オリメン復帰おめでとう」
 ドラムスローンから立ち上がってハイタッチを求める省介に、暁が掌を合わせる。
 最悪の嫌がらせと挑発行為が空振りに終わったことで、一瞬とはいえその表情が苛立ちに歪んだ。
 ドラムセットを背に近付いてきた省介が、いつものようにぽんと俺を叩く。
 言わんとしていることはわかった。
 俺からフロアへ視線を滑らせ、偽りのない満面の笑顔で言葉を投げ掛ける。
「今までありがとう! 笑って見送って!」
 オーディエンスから一斉に感謝の声が上がった。
 強く惜しまれつつ去る省介の背中を、光で満ち溢れたステージから見つめる。
 普段から見慣れている二期メンバーだけは、あいつが飲み込んだ寂しさを感じていた。
「オリジナルメンバーに戻って、これからはメジャーを目指して活動して行くからよろしくねー!」
 コーラスマイクを通して行き渡った能天気な声と、この状況でありながら受け入れられて当然とばかりの態度に、場の雰囲気が一気に冷える。
 気付かないのは元凶である本人だけ。
 それでも、このままライブを終わらせる訳には行かなかった。

 ――暁に対して、どれほどの憎しみを抱いていようとも。

 一期一会の公演を最高のものにすることは、セトリ最後の曲を前に壊されてしまった“vapor⇔coneU”メンバー全員の根源的な願いだったからだ。
(俺達が今できることは、一つだけ)

 リズムギターの入った曲の為、肩から掛けていたストラトを鳴らしてイントロを奏でる。
 気合の入った演奏から察するに、悠斗と吉良も同じ気持ちなんだろう。
 バッキングをしながら、ありったけの思いをこめて俺も歌う。
 勢いよく振った炭酸飲料の栓を引き抜いたかのように、熱狂と一体感を蘇らせてライブは幕を閉じた。


 悠斗達が楽器の片付けをする間、“Vortex of sounds”のPAで日頃から親しくしている篠崎さんをつかまえて咎める。
「なんで勝手なこと――」
「ごめん……。『リハ後に急遽変更があったから伝えて』って冬哉に言われたって、暁が……」
 これまでも迷惑を掛けられてきた篠崎さんが、暁の企みを知って加担したと思えない。ひどくショックを受けている様子からも、それは感じられた。
 行き場のない怒りに、拳を握り締める。
「そんなに怒ることないだろ。お前の望み通り“ちゃんと区切りをつけて”やったのに」
 姿を見せた暁がしたり顔で放った言葉が、胸の奥深くに突き刺さった。
 押し黙ったまま帰宅し、自分の部屋に戻ると完成間近だった楽譜を取り出す。
(あと少しで、全パート揃ったのに)
 あんな形でメンバー交代がなされた以上、“vapor⇔coneU”のラストライブはもう叶わない。
「ちくしょう」
 演奏機会の失われた曲がつづられた楽譜を激情のままに引き裂いた。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
 吐き出す言葉と共に溢れ出す涙を拭うことなく、その場にうずくまり床を見据えて唇を噛む。

(俺は絶対に暁を許さねぇ)
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005
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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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