003.さよなら、また明日 #007

 内にある闇に飲まれそうになりながらも時は過ぎ、アシンメトリーのミディアムボブはメッシュ入りのウルフロングになった。
 一般的な生徒から浮く髪型に合わせて制服を気崩していても、注意の一つもない。
 そんなうちの高校と違い、省介と同じ進学校に通っているというのに――。
 吉良が“vapor⇔coneU”解散直後に開けたへリックスのホールは第二治癒期間が近付き、先に完全に完成したイヤーロブには剣モチーフのピアスが光っている。
 聞けば元々が服装自由で、そのことであれこれ言われたりはしないのだという。
 伸びた髪はこれまでの硬派な印象を打ち消すように下ろされ、自然界ではあり得ないカラーリングでステージに華を添えていた。

 バンドは順調。
 取り置きリストの埋まり具合から、次回のワンマンもキャパ一杯になることは確実だ。

 ライブ構成もプロモーションも計画を練り上げ、一つ一つ着実に成功させてきた。
 その甲斐あってコンスタントに集客が見込めるようになり、ライブハウスやイベンターからのオファーも増えている。
 暁お得意の自作自演は“vapor⇔coneV”に持ち込ませていない。
 成りすましによる工作なんて傍から見ればバレバレで、みっともないからやめろと念を押してある。
 高くもろいプライドを傷付けないように、注意を払って。
 目的を果たす前に、他の奴に足をすくわれる訳には行かない。
 正当な手段でここまで漕ぎ着けたのは、暁以外のメンバーの地道な努力の成果だ。

 活動も軌道に乗って必要事項の確認がメインとなった今、バンドのミーティング時間は大幅に短くなった。
 使うのはもっぱらコーヒーチェーン店。
 対面一組の席に着いたところで、三人を見回して切り出す。
「自分以外の全員がやめたとして、それでも“vapor⇔cone”を背負って行くのと、解散するのと、どっちがいい?」
 視線が集まる。
 俺の腹の内を探るような沈黙を挟み、暁が訝しげに口を開いた。
「なんだよ、いきなり」
「色々話もくるようになってきただろ。揉め事回避の為にさ」
 場の雰囲気とは真逆の軽いノリで答えれば、どこか楽しそうに吉良から指摘される。
「言いだしっぺはどうなのよ」
「解散かな。結局は別のバンドになっちまうし」
 敢えて感情を排して返すと、無気力な表情で悠斗が続けた。
「同じく解散。名前だけ残しても意味ねぇだろ」
 わざとらしく音を立ててアイスコーヒーをすする吉良の顔に、シニカルな笑みが浮かんだ。
「だよな。俺も別のバンド作り直しだわ」
「どっちにしても一からやり直しか」
 テーブルに頬杖をついて思案げにもらした暁が、カフェチェアの背もたれに身を預けて吐き出す。
「だったら解散。“vapor⇔cone”はお前のイメージが強すぎる」
「全員同意見ってことか。メンバーの息がぴったりでなによりだな」

 ――欲しい答えは得られた。

「安心できたし、次はセトリの話。一曲多くやろうと思って、構成ちょっといじった」
 いつものようにメンバー全員に確認してもらう為、取り出したセットリストを回す。
「歌入れるのって最後のMCとラスト曲の間?」
「そ」
 隣で一曲分のスペースを見つめる悠斗の向かいから、吉良も覗き込む。
「まだ空きになってんな。なにやるつもりだよ」
「んー。俺としてはギター弾きながら歌いたいんだけど、“vapor⇔coneV”っぽい奴がいいって言うならその方向で行こうと思ってる」
 用意していたのはこれまで通りのものと、機が熟した時に出そうと思っていた“特別な”もう一枚。
 先程手渡したセットリストは後者だ。
「あるんなら歌いたい方だろ。変な気遣いすんな」
 弾き語りスコアを渡した日と同じく不敵に笑う悠斗に、「デスヨネー」と吉良。
「遠慮なくおゆき。どうなろうと見守っててやるから」
 ふざけた態度の奥に真剣さを感じ、曲を巡る二択の意味が正確に伝わっていることにほっとする。
「お前の意見は?」
 吉良から差し出されたセットリストにざっくり目を通し、俺に戻しながら暁が言った。
「好きにすりゃいいんじゃねーの? うちで冬哉のギターが入ってる曲って全部ノリいいし」
「じゃ、俺の気持ち最優先ってことで。ありがとな」
 メンバー全員に素直に感謝の気持ちを示しつつ、実行段階に移った計画について考えを巡らせる。
 “vapor⇔coneV”には“U”の頃と比べて激減したとはいえ、リズムギターを組み込んだ曲もある。その為に作った訳じゃないけど、デコイになってくれたようだ。
「他には?」
 裏方仕事や雑用を面倒がり丸投げしてきた暁から、実務的な話に飽きた様子で聞かれた。
「これで全部」
「なら、ミーティング終了ってことで」
 機嫌よく立ち上がり、トレイを手に返却口へ歩いて行く後姿を明るく見送る。
「お疲れー♪」
 暁が視界から完全に消えると態度を改め、隣のテーブルの二人を見た。
「悪いな、巻き込んじまって。成功しても省介は喜ばない。でも……」
 逸らした視線を飲みさしのコーヒーにやって言いよどめば、悠斗に加えられる。
「多少なりとも俺達の気は晴れるな」
「非常口も機会も用意されてて、それでもここにいるってのはそういうことだろ」
 グラスの内の氷をかき混ぜながら苦笑した吉良が、真面目な表情で言い添えた。
「こっちこそ、お前一人に背負わせちまって胸が痛ぇわ」
 申し訳なさそうな顔を向けられ、言葉に詰まる。

 ――俺は。

 ――自己満足の復讐に二人を付き合わせてるだけなのに。
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008
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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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