003.さよなら、また明日 #009

 そしてやってきた、運命の日。

 いつも通り始まったスタンディングライブは、ボルテージが最高潮に達したまま終盤に突入した。
 モッシュ状態のオーディエンスから離れた場所――、フロアの最後方に省介、あいつからドラムを学んだ人見、“vapor⇔coneU”時代のファン、そして、吉良の弟子である高校生の姿を確認する。
 16ビートのノリのいい曲を終え、スタンドから愛用のエレキギターを取った。
(ずっと待ってた)
 ストラトのストラップを肩に掛け、最後のMCに入る為にマイクの前に立つ。
(この時を)
 深呼吸を一つ。
 フロアをぐるりと見てから、はっきりと告げた。
「“vapor⇔cone”は今日をもって解散します」
「なっ……!」
 悠斗と吉良と俺を除き、寝耳に水の話だ。
 女の子達の悲鳴に混じり、ドラムセットの向こうで声を上げた暁にちらりと目をやる。

 ――俺は、この瞬間の為だけに自分を押し殺してきたんだ。

 視線をオーディエンスに戻し、一言一言大切に語り掛けた。
「本当に感謝しています。この日の為に作った、“vapor⇔cone”最初で最後のバラードを聴いてください」
 そう言い終えたところで、間違っても楽しそうではない省介と目が合う。
 ことなかれ主義ではないもののとても温厚な親友は、あんな目に遭わされてさえ暁を憎むことはしなかった。
 だからこそ、俺はあの日から囚われ続けてきたんだ。
 自分の選択に。

 ――バンマスでありながら、なにも守れなかった自分の弱さに。

「“さよなら、また明日”」

 ライブ前に暁に伝えた“曲名はMCで”という言葉に嘘はない。
 選曲にしても、既存曲からなんて言った覚えはなかった。
 リハーサルでの演奏を避ける為、篠崎さんにはストラトを用いたデモを元に調整を頼んでいる。
 本来アコギの弾き語り曲でありながら、リズムギターとして使っているレフティモデルを使ったのは、その方が計画バレ防止に加えてラスト曲に繋げるのに都合が良かったから。
 完全ソロでのイントロを終え、思いを詞に乗せて歌い出す。


“約束の時まで一緒にいたかった”
“再び日が昇り 朝がくれば世界が変わる”
“最後の瞬間まで 一つの夢を見ていたかった”

“壊れた時計のベルが鳴って 日付変更の前に僕らは目を覚ます”
“残酷だね 現実は”

“掌の温かさを胸に残し その背中は夜に消えて”
“姿を探す 君がいるはずだった場所”
“確かにそこにあった 過ごした日々と嘘のない笑顔”

“砕けた思いは散らばったまま”
“涙と溢れ出た 音符を拾って繋ごう”
“いつか笑って君と 奏でられる日がくると信じて”

“さよならまた明日 言葉を継いで行こう”
“さよならまた明日 思いを継いで行こう”

“さよなら”

“また”

“また明日――”


 か弱くすすり泣く声がそこかしこから聞える中、深く頭を下げる。
 それから、沈んだ雰囲気を振り払うように明るく言った。
「ラスト曲“Exceed Mach 1!”!」
 “vapor⇔coneU”時代に作曲したものの中から唯一持ってきた、ギターリフ中心で勢いのあるメロディーラインの歌。
 当時からセットリストの最後に据え続けてきたのは、“vapor⇔cone”全期を通して一番人気だからという理由だけじゃない。
 今日に限って言うなら、“省介が強制退場させられたライブで最後に演奏され、強引に復帰した暁が“V”のドラマーとして最初に叩いた“因縁の曲””に絡めた訳でもなかった。
 俺にとっては自分の心の一部のような、大事な大事な歌。
 激しいギターカッティングで演奏に入れば、楽譜通りに加わったドラムも正確なビートを刻む。
 陥れられる形で解散を告げられたとしても、暁が演奏を投げ出さないのはわかっていた。
 それをやればバンドマンとしての信用を全て失い、この先全ての道を閉ざすことになるからだ。
 後は演奏に集中し、ギターを弾きつつ声と共に全てを出し切る。
 フィナーレにふさわしい大歓声の中、“vapor⇔cone”は消滅した。

 ――音速に近付きつつも、音の壁を破れないまま。
◆◆◆

010
☆☆☆
INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
Since/2011 Copyright (C) 天乃 球