003.さよなら、また明日 #010

 ライブの余韻も冷めやらぬ中、機材の片付けを済ませてステージをはける。
 手にしていたストラトを楽屋に置くなり、胸倉を掴んで食って掛かられた。
「どういうつもりだよ、冬哉」
「お前がやったのと同じことをしただけだろ」
 “U”のラストライブ後にこいつが浮かべたしたり顔を再現して答えれば、痛い所を衝かれたのか暁が言葉を詰まらせる。
「っ――」
 今のこいつは、書き掛けの楽譜を引き裂いたあの夜の俺と同じだ。
(ざまあみろ)
 醜く歪んだ笑顔で挑発され、怒りの限界に達した暁の手が乱暴に離された。
「この……」
 勢いで壁に打ち付けられた俺に向け、拳が振り上げられる。
 そこで、悠斗の声が冷ややかに響いた。
「お前、覚悟はあるんだろうな。俺は冬哉みたいに穏健派じゃねぇぞ」
 事実上の脅しに動きを止めた暁に対し、吉良が付け足す。
「武闘派でもない奴にここまで言わせんな」
 自分の後始末すらできない悔しさから唇を噛み、行き先すら定かでなくなった憤りを吐き出すように叫ぶ。
「お前らの助けなんかいらねぇよ! 殴られるくらいどうってことない!」
(――胸の痛みに比べれば)
 “あの夜”、ステージを去っていった省介の寂しさを飲み込んだ背中が蘇る。
 覚悟を決めて歯を食いしばったところでドスの効いた声が飛んできた。
「あるだろ。ふざけんな」
 かつてない怒気を露にした悠斗に身をすくめた俺を見て、吉良が肩をひょいと上げる。
「殴られたことない子はこれだからやだわー」
 けれど、ふざけた態度はすぐに反転された。
「さっきまで同じバンドやってたよしみで選ばせてやるよ。拳でケリつけるか、音楽でやり合うか」
 冷酷かつ鋭い眼で暁を見据えるその内の、凶暴性が露呈した横顔を前に息を引く。
(マジかよ)
 吉良とも悠斗とも長い付き合いだけど、戦闘モードに入ったところなんて噂にしか聞いたことはなかった。
 こいつらは、自他共に認める最弱の俺とは対極に位置している。
 武道の心得はあっても守る目的以外では使わない悠斗と違い、好戦的な面を持ち合わせている吉良はストリートファイトどころか凶器有りの乱闘にも慣れていた。
 つまり、一般人が勝てるはずのない相手だ。
 気圧された暁が後退り、自分の荷物を引っ掴んで駆け去る。
 珍しく捨て台詞の一つもなかったのは、それだけ切羽詰っていたんだろう。
 無理もない、助けてもらう側の俺でさえその場にいたくなかったくらいだ。
 危機を救ってくれた二人には当然感謝しているとはいえ、なんとも情けない。
(結局、悠斗と吉良に庇われて終わっちまったな)
 そうこうしている間に闘気を収め、大いに呆れた様子で悠斗がため息をつく。
「さすがにこのまま逃亡じゃねぇの?」
「都合の悪いことをごまかして華麗に復活だろ。自己顕示欲と承認欲求の塊が大人しくしてられるとも思えねぇわ」
 経験則から推測するに、吉良の見立てはおそらく正しい。
 証拠を隠蔽し、現場にいなかった人間を騙すのは暁の常套手段だ。
 けど、一度出回った情報や他の奴に焼き付いた記憶は、やらかした本人の視界から消えたところで生き続ける。
 繰り返した回数と巻き込んだ人数を考えれば、放っておいても自滅するだろう。
 だとしても、自分で稼いだヘイト分の落とし前を付けさせない限り腹の虫が治まらない、――いうことか。
「俺はあの自己愛野郎をシメるバンド作るけど、お前らはどうすんの?」
「“U”での借りは返したし、今度はやりたい音楽をやる為のバンドを立ち上げる」
 暁への怒りは今も和らいじゃいないけど、存在を誇示するように俺の目の前に出てこなければもういい。
 目的を果たした以上、あいつと関わるのはいい加減うんざりだった。
「俺も一緒に行くわ。こいつ一人でうろうろさせる訳にも行かねぇからな」
 ごく小さく笑って答えた俺の肩に腕をもたせて悠斗が言うのに、妙に納得した様子で吉良も頷く。
「あー、確かに」
「確かにってなんだよ」
 楽屋での一件で迷惑や心配を掛けた自覚はあるし、反省もしていた。
 だとしても、保護対象でい続けるのは俺のプライドに関わる。
「いや。冬哉ちゃんはもう無茶しないで、これからは悠斗の言うこと聞くんでちゅよー」
「俺はガキじゃねぇ」
 内心を酌んだ上で揶揄され口を尖らす俺の傍ら、悠斗がこめかみを押さえる。
 愛用のベースを収めたギグバッグを背負い、人差し指と中指をクロスさせた吉良がにっと笑う。
「幸運を祈るぜ」
「おう」
「吉良もな」
 悠斗に次いで返し、常に迷いのない背中を見送る。
 手早く片付けを済ませると、“vapor⇔cone”としてはもう集まることのない楽屋を出た。

- fin -

(初出:pixiv/2016-05-04)
(加筆修正:2020-09-08〜09-17)

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