004.welcome back! #002

 オーダーをしてカウンター席に腰掛けた幼馴染が、コの字の斜向かいに目をやって尋ねた。
「なに? お前本当に歌わないの?」
「歌わない。正確にはボーカリストとしてはな」
 淹れ立てのコーヒー、トーストとゆで卵、サラダを並べる手を止めて冬哉さんに問う。
「事故の影響が残ってるとか」
 高所からの転落で負った傷を思えば心配もあったけど――。
「それはないよ」
 さらりと言った冬哉さんが、左手を動かしつつ言い添える。
「怪我は完治してるし、機能回復も上手く行ってる」
「そっか」
 やり取りを見ていた克也が別の可能性を投げ掛けた。
「なら、メンタル面?」
「それもないかな。バーンアウト的なものは残ってるけど」
 再び取り出したスマホを操作し、プライベート用のメール着信画面を僕達に向けて加える。
「メンバー間の関係修復もできた」
 示されたそこには、“Liaison”のメンバーの名前が並んでいた。

 “地図126入手 >> 人見”
 “打ち合わせ日程の件 >> W-OZ”
 “暇ある時うち寄って >> 利佳
 “ちゃんと食ってるか? >> 悠斗”
 “明日楽しみにしてる >> 省介”

「地図126ってなに?」
「MMORPGのトレハン用アイテム」
 首を傾げる克也に、冬哉さんが説明をする。
「じゃあサボりだな」
「だとしてもサボり魔に言われるとなんかムカツク」
 食事の手を休めて言い放たれた言葉を叩き落とし、ボンから宙に視線を移して冬哉さんは続けた。
「お前らが思ってるようなへヴィーな理由なんかないよ」
 気だるげな横顔を見つめつつ、克也が切り出す。
「冬哉は、」
 アイメイクをしていなくても印象的な目が、それ応じてちらりと向けられる。
「歌を取り上げたら生きて行けない生き物だと思ってた」
 思い浮かぶのは“Liaison”のカリスマボーカルとして観客を魅了する“トーヤ”と、“vapor⇔coneU”時代の歌うことが楽しくてしょうがなく見えた冬哉さんの姿だ。
「じゃ、聞くけど」
 現実ではカウンターに置いた腕に重心をかけていた冬哉さんが、気を取り直すようにアイスミルクを飲んで克也に向き直る。
「お前らなんで“Garrote/R”(バンド)やってんの?」
 僕とボンも含めて投げられた質問に、思わず反応した。
「それは――」
(克也が見付けた“C.A.O.M”のライブ映像に、僕達全員がたまらなくわくわくしたから)
 四半世紀以上前に存在していた、アマチュアのグラム・メタルバンド。
 メンバーの名前すら定かではないけど、その演奏は僕達に爆発的なインパクトを与えた。
 言い掛けたまま回想していると、左手で天を指して言われる。
「やらずにはいられない“なにか”があるから。理由はなんでも、シンプルにそれだろ」
 食後のコーヒーを手に耳を傾けるボンを前に、
「俺のスピリットは展望台から落ちた時に転がり出ちまったけど」
 真面目に言葉を継いだ冬哉さんが、どこか遠くを見つめるような眼差しを対向の壁に向けて結ぶ。
「置き去りにされてるそれを拾えたら、また歌うよ」
 話を終えて飲み差しのアイスミルクのグラスを空にすると、深刻な雰囲気を払うように軽く笑って財布を取り出す。
「じゃ、そろそろ行くわ。まだ用事と仕事あるし」
 伝票と料金を受け取って会計をする傍らから、冬哉さんと克也の声が聞えてきた。
「克也にも代金な」
「いやいや。後で保からもらえるからいいよ」
 遠慮する克也に、冬哉さんが勧める。
「わかってるけど、無理言って届けてもらったからさ。引き止めちまったし釣りはいいや」
「だから気を遣うなって」
 そんなやりとりの後、席を立ちながら言われた。
「本当に美味かったよ。ありがとな」
「うん。良かったらまた来て」
 カウンター越しに見送る中、克也が思い出したように尋ねる。
「そういや仕事って?」
「ゴーストライター。作曲の」
 エントランスドアの前で立ち止まり、語尾にハート記号を感じる口調で冬哉さんが告げた。
 高校時代から知る彼からは想像もつかない答えに、克也共々衝撃を受ける。
(悪魔に魂売ったぁああああ!!!)
 ドアベルの軽やかな音を残して冬哉さんが出て行くと、少しの間を挟んで沈黙を破った。
「なんか、驚いたな。冬哉さん、そういうの好きじゃないと思ってた」
「まあ、ほら、あいつだって色々な。生活とか」
 フォローする克也に向き直る脇から、ボンが指摘する。
「著作権印税で不労所得あるだろ」
「あ!」
 活動休止中とはいえ“Liaison”の人気は健在で、各方面からの需要も多いことから楽曲使用料も相当なはずだ。
「じゃあ、なんで?」
 去り際を見る限り、仕事として嫌々やっている風でもなく――。
「うーん?」
 克也と顔を見合わせつつ、二人で首を捻った。

- fin -

(初出:pixiv/2016-06-02)
(加筆修正:2020-09-21)

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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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