005.箱庭が壊れた日 #002

 全公演ソールドアウトの全国ツアーが終わり、今日の収録を済ませれば久しぶりのオフに入る。
(これでようやく“Liaison”から開放されるな)
 一人旅で気持ちを切り替え、その後に待っている本格的なレコーディング期間に備えよう。
 番組を撮り終えテレビ局の廊下を歩いていると、興奮した女の子の声が聞えてきた。
「あれトーヤじゃない」
「うそ! “Liaison(リエゾン)”!?」
 きれいなだけで虚ろな笑みを浮かべ、冬哉がバイトの子達を顧みる。
 世間でどれほど好評だろうと、こいつであってこいつでない笑顔が大嫌いだった。
 ごく自然にファンサービスをする冬哉から視線を逸らし、楽屋へ向かう足を速める。
 全員が無言のまま交差を曲がったところで、さっきまで一緒に収録をしていたスタッフの声が耳に入ってきた。
「ちやほやされて調子に乗ってるよな、“Liaison”」
 位置的に、俺達がここにいること自体気付いていないんだろう。
「メジャーに飼い慣らされた感ハンパないし」
「人気取りなの見え見えなんだよ、最近の曲」
 意思に反してやらされているにも係わらず、自ら望んでいるかのように受け取られていることに苛立つ。
 悠斗も同様なのか、握り締めた拳からは押し殺した怒りが感じられた。
 一方で、眉一つ動かさない冬哉がなにを考えているのはわからない。
 無表情がデフォルトの人見とは間逆であるはずのこいつの、ここしばらくの態度にも苛立ちを感じる。
 スタッフ二人はといえば、依然として言いたい放題だ。
「まあ、そんなもんじゃないの。商業的には売れなきゃ意味ないんだから」
「けど、ほんとつまんなくなったよな。あのままインディーズでやってりゃ良かったのに」
 途中で見た階段を下りて行ったのか、“Liaison”に愛想を尽かしたような会話は遠ざかり聞えなくなった。
 余計なトラブルを避けられてほっとしたように冬哉が歩き出すのに、それぞれが思いを抱えて足を踏み出す。
 楽屋に入ってドアを閉めると、飲み込んでいた怒りを吐き出した。
「っざけんな!」
 手近にあったペットボトルを掴んで床に叩きつけようとするのを、冬哉に止められる。
「物に当たるなよ」
 抑揚のない、静かな口調で。
 小さく息をついた冬哉の感情の失せた面に、生気も人間味もないあの笑みが作られる。
「そんなことより次のアルバムの方向性だろ。オフに入る前にテーマだけでも――」
「なんかもう、作る気しねぇわ」
 淡々と口にされる言葉を遮り、食って掛かる。
「原型わからなくなるまで直させられんのに、俺達が作る意味なんてどこにあんだよ」
 噛み付くようなそれは、本心だった。
 答えに詰まった冬哉の瞳に共感や同情を感じたのは、同じことを強いられているミュージシャンとして作曲への憤りややるせなさをわかって欲しいという願いからだろうか。
 けれどそこで、脇から冷ややかに言われた。
「じゃあ、もうやめろよ。曲に限らず、脱退するって言っても俺は止めねーから」
 険悪になっているとはいえ信頼していた悠斗に突き放され、抑えが外れる。
「それもいいかもな。トーヤさえいりゃ、他のメンバーが変わっても“Liaison”だ」
「そんな訳ないだろ」
 本来の冬哉らしい、はっきりと感情のこもった口調で即座に否定された。
 はっと我に返ったものの、声に出してしまったものはどうしようもない。
 尚悪いことに、思いもしなかった連鎖まで起きた。
「そんなもんだよ……、結局……」
 自分を慕う人見から初めて反抗的な態度を取られ、愕然とした冬哉から俺達に視線を移して悠斗が言い放つ。
「ま、清々するな。ツアーもようやく終わって、しばらく顔合わせなくていいと思うと」
 “Liaison”結成時に加入した俺や人見と違って、二人の付き合いは“vapor⇔cone”以前からのものだ。
 そこに決定的な隔たりがあるのは仕方がない。
 通り抜けざまに冬哉の肩を励ますように叩いた悠斗が、「曲、後で送るわ」と耳打ちするのが聞えた。
 自分の顔を掌で覆い、ごちゃごちゃした気持ちを払うように頭を振る。
 それから、ため息混じりに告げた。
「俺も。テーマなんて後付けでどうにでもなるだろ」
 居たたまれずに楽屋を後にする俺に、冬哉に当たったことを同じく後悔してるのか気まずそうに人見が続く。
「ごめん……。調整、任せる……」
 顧みたその先に、ショックと絶望感がないまぜになった冬哉の佇む姿が見えた。
◆◆◆

003
☆☆☆
INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
Since/2011 Copyright (C) 天乃 球