005.箱庭が壊れた日 #003

(あいつのあんな顔、初めて見た)
 “vapor⇔cone”二期のドラムスと暁さんの電撃的なメンバー交代があったライブを機に、冬哉の感情表現は激減したと吉良さんから聞かされたことがある。
 三期からのファンである俺は、それ以前の冬哉のことは伝聞や記録媒体を通してしか知らない。
 憧れていた吉良さんにベースを教えてもらえるようになったのはあいつの仲立ちがあったからだけど、当時の冬哉は人当たりはよくとも斜に構えたような雰囲気だった。
 その一本気さや仲間思いの本質を知ったのは、“vapor⇔coneV”解散後に“Liaison”にスカウトされて打ち解けてからのこと。
 解凍が進むように(内輪限定ながらも)喜怒哀楽を素直に表すようになったのは、更に後だった。
 バンドの内外で中間管理職化しているここしばらくはそれもまた影を潜め、よく出来たアンドロイドのような状態が続いている。
 久しぶりに目にした心からの表情があれだと思うと、締め付けられるように胸が痛んだ。
「謝んなきゃな――」
 とはいうものの、電話もメールも最後の最後で手が止まる。
 思い悩む中で時間だけが過ぎ、オフに合わせて予約していた旅行の出発日が近付いてきた。
 勇気を振り絞り、スマホの連絡先に登録してある冬哉の名前と電話番号をタップする。
 長めの呼び出し音に続き、「悪い、待たせた」と明るく柔らかな声が聞えてきた。
 言い争いに巻き込み楽屋で別れてから初めての話とあって緊張していたものの、落ち込んでいるのでも拒絶するのでもない態度に胸を撫で下ろす。
 張り詰めていた雰囲気が消えているのは、オフで息抜きできているのかもしれない。
「あ、のさ」
「うん」
 トーヤではなく冬哉と話せている感じが嬉しい。
 それなのに、いざ謝ろうとなると肝心の言葉が出てこなかった。
 微妙な沈黙に無言で焦る俺を助けるように聞かれる。
「作曲関係?」
「そう。旅行に行く前にデータ渡しておこうと思って」
 咄嗟に同意してしまったものの、一番言いたかったのはそれじゃない。
「なんだかんだで、ちゃんと作ってくれてたんだな」
「そりゃ、まあ」
 嘘のない笑顔で言ってるんだろう様子に今更話を変えることもできず、仕事絡みの用件を先に済ませることにした。
 オンラインストレージで転送予定のデータと、メールでも伝えるつもりのコード進行についての説明を終えて今度こそと切り出す。
「冬哉」
「? 他になにか?」
 不思議そうに聞き返す冬哉への謝罪は、やはり喉に引っ掛かったまま外へ出ることはなかった。
「い、や、その、土産なにがいい?」
「んー。なんでもいいかな」
 特にこだわりがある風でもなく返され、話題選びのまずさから話を広げるどころか収束させてしまったことに落胆する。
「そっか」
 失敗続きで気持ちも萎え、日を改めて謝ることにした。
「じゃあ、帰ったら連絡する」
「ああ。気をつけてな」
 電話は穏やかに終えたものの、本来の目的は果たせずじまいで――。
「言いそびれた」
(タイミング逃すと切り出しづらいんだよな)
 旅行から戻ったら、土産を口実に冬哉に会いに行こう。
 その時こそちゃんと謝らないと。

 ――けれど、それが叶うことはなかった。

 捜査を担当しているという警察官が訪ねてきたのは、その夜のこと。
 “宮村冬哉さんの転落事故の件で”
 寝耳に水の話を始めた警察官が言うには、通信記録で最後に話した俺からその時の冬哉の様子を聞きたかったらしい。
 状況から事故の可能性が高いとはいえ、自殺の可能性も含めて調べているのだという。

 骨盤骨折及び左手首粉砕骨折。
 肩関節の脱臼と高所転落による全身打撲。

 木製の展望台を落下する際に冬哉が利き手を犠牲に横木に掴まり、高さが軽減されたこと。
 季節柄していた厚着や身に着けていたニットキャップが衝撃を和らげたこと。
 他にも重なった幸運がなければ、即死もありえたのだとも知らされた。

 ことの大きさを実感して立ち尽くす。
 このところの冬哉の様子から“自殺”の二文字が頭から離れることはなく、一方的に突っぱねたまま謝ることのできなかった後悔だけが胸に立ち込めた。
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004
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