005.箱庭が壊れた日 #007

 二人の前で宣言したものの、冬哉の入院する総合病院が近付くにつれ気が重くなる。
 広い敷地内のパーキングで車が停まると、運転席の悠斗に顔を向けた。
「なんか、大丈夫じゃない気がしてきた」
 “Liaison”のメンバー内にとどまらず、冬哉と一番多く会えているのは悠斗だ。
 唯一定期的に面会できているナツキさんの恋人でもあることから、怪我の経過や病院での普段の様子も把握できている。
 その悠斗からGOサインが出されたことで、冬哉を再び見舞うことになった。
 一度目のトラウマから二の足を踏んでいると、悠斗から促される。
「いいから行くぞ。自分の言ったことには責任を持て」
「っ、わかってるよ」
 言葉に反して勢いなく車を降り、正面玄関に向けてとぼとぼと進む。
 次第に速度を落とす足を止め、背の高い近代的な建物を仰いだ。
 あいつが入院をしている部屋は、あの辺りだっただろうか。
「もう、ちゃんと話せるから。冬哉が会いたいって言ってんだから叶えてやれよ、お前にしかできねぇんだし」
 傍らから背中を叩かれ、その掌の感触に前回冬哉を見舞った時の記憶が蘇った。
(――悠斗だったのか)

 あの日、泣きながら謝る俺を慰めた手の持ち主は。
 広い病院内を悠斗を追って移動し、整形外科病棟の受付で手続きを済ませると病室を訪ねる。
 カーテンで仕切られた四床室の内、割り当てられた窓側の区画に押し込まれた。
「じゃ、俺は談話スペースにいるから」
 廊下を引き返す悠斗から、見晴らしのいい六階のガラス越しに見える景色に視線を移す。
 今日を前にいくつか考えていた会話パターンは、いざ冬哉を前にして全部飛んでいた。
 ベッドの右脇にある窓の外に顔を向けて思考をぐるぐるさせていると、予想だにしなかった力のある声で話し掛けられる。
「利佳、ありがとな。来てくれて」
「え」
 驚いて顧みれば、創外固定器の印象から痛々しくはあるけど順調に回復している様子の冬哉の姿が目に入った。
 血色を取り戻しつつある顔に決まり悪そうな表情を浮かべ、落ち着きなく瞳を動かしながら言われる。
「お前気にしてるみたいだけど、楽屋の件は、お互い様っていうか……、だな」
 覚悟を決めるように一度深呼吸をしてから、真っ直ぐに目を合わせて告げられた。
「“面倒なことは全部押し付けて、自分は羽根を伸ばすってか? ふざけんな”って、電話の後マジ切れした」
「まあ、だよな――」
 俺だって、逆の立場なら同じ反応をしていただろう。
 事実なだけに、冬哉には怒りをぶつける権利がある。
 素直に非を認めれば、呆れたように言われた。
「“だよな”じゃねぇよ。毎日同じように必死でやってんのに、たまのオフに旅行に行くくらいで理不尽過ぎるだろ」
 ため息をついた冬哉が、「それにな」と続ける。
「展望台でキャッチが入った時、表示された名前を見て咄嗟に“仕事”かって思った。お前は、俺に色々言おうとしてくれてたのにな」

『事故前の電話で、ちゃんと謝れてたら……』

 前回のその言葉を聞くまで、俺が抱いていた気持ちに気付きもしなかったのだと。
「いつの間にか、一緒に音楽をやる“仲間”じゃなくて、与えられたプロジェクトをこなす為の“同僚”扱いになってたんだってさ」
 苦々しげに天井を見つめて吐露してから、神妙な面持ちを俺に向けてくる。
「けど、ベッドの脇で号泣したり、それに上手く反応できなかった俺に絶望したお前を見た時、すげぇショックだった。“仲間”にこんな顔させちゃだめだろって」
「冬哉」
 静かに瞼を閉じた冬哉から視線を外し、ぽつりと口にした。
「……無理してんのバレバレだよ」
「してるに決まってんだろ」
 即答した冬哉がきっと俺を睨む。
「こっちは痛ぇんだよ。骨折してる上に外からピン打ちされてんのに」
「! 悪い、すぐに看護師さんを呼んで――」
 慌てて出て行こうとすると、苦笑混じりに止められた。
「いいよ。耐えられない程じゃないし。だいぶ引いてきてるから」
 向きを正した俺に、冬哉が真剣な顔で告げる。
「最後に話してたのが誰であれ、あの事故は起きてた。いつまでも責任感じられてたらこっちの胸が痛むわ。そもそもお前悪くないんだし」
 強い意志を湛えた目で見据えつつ、確かな口調で言い添えられた。
「たまたま手にあったババをいつまでも持ってるな」

『わかって、るのに、お前の気持ち。――けど、ついてかねぇ』

 冬哉曰く“顔をぐちゃぐちゃにして涙を落としながら”の俺の謝罪はちゃんと届いていた。
 それでも、離脱症状による認知機能の低下から記号として散らばった言葉を繋げて理解するまで、大きなタイムラグが生じていたらしい。
 ついていかなかったのは、情報処理の速度。
 こいつはこいつで罪悪感を抱き、俺に謝りたいと願っていたことから今日の面会に繋がったのだという。
 その事実に心底ほっとしたものの、もう一つ聞いておかなきゃならないことがあった。
「脱退の話、なんだけどさ、“トーヤ”でい続けるのが限界だったら――」
「“Liaison”から逃げても構わない?」
 意を決して切り出せば、落ち着いた口調で返される。
「悠斗にも言われた。“vapor⇔coneU”の時と同じように心残りがあってもいいんなら、っておまけ付でな」

008
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INDEXExceed Mach 1!(シリーズ)
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