005.箱庭が壊れた日 #008

 シニカルに笑んでから、再び色を正して言葉を継がれた。
「ちゃんと終わらせるにも、やり直すにしても、区切りをつけるなにかが必要なのかもしれないな。っても、今は歌う気にすらなれない訳だけど」
「え」
 何よりも歌を愛し、常に共にあるそれへ全霊を注いできたことを知るだけに、“歌う気にすらなれない”という発言は信じがたい。
 ここではない遠くを見るような眼差しを天井に向け、冬哉が力なく唇を動かす。
「理由も、意味も、原動力も、今の俺にはなんにもない」
 空虚な沈黙の後、表情を緩めて示唆された。
「それはそうと““トーヤ”でい続けるのが限界だったら――”って、意味としてはお前に悠斗が言ったのと同じだな」
 心当たりがなく首を捻っていると、喧嘩別れをした日の楽屋での言葉を再現される。
「“じゃあ、もうやめろよ。曲に限らず、脱退するって言っても俺は止めねーから”?」
「あ」
 悠斗と険悪極まりなかった頃、作曲のことで荒れていた俺にあいつは言い放った。
 今は関係修復を図れているとはいえ、トラウマになっているだけに落ち込む。
 うつむいた俺を観察していた冬哉が、“伝わってなくて当然か”とばかりにため息を漏らした。
「あいつはあいつで俺達の負担を減らす為に働き過ぎてたし、寝てない食ってないで苛々もしてたから、尚更つっけんどんな言い方になっちまったんだろうけどさ」
 振り返れば、冬哉に次いで曲を作っていたのは悠斗だった。
 ダメ出しをされる量も、大幅に改編をされる曲数も俺よりずっと多い。
 身をもって気持ちがわかるだけに限界以上のことはさせたくない、 ――というのであれば確かに同じだ。
 売り言葉に買い言葉的な状況もあり、その真意は益々伝わりにくくなっていたけど。
「ほんと不器用な奴しかいねぇな。うちのバンド」
 いかにも不服そうに口を尖らせた冬哉が無意識に発した“うちのバンド”という表現から、その心が今も“Liaison”にあることを感じる。
「いてくれるんならいろよ、“Liaison”に」
「また歌いたくなる保障もないのにか?」
 自嘲気味に目を逸らされ、語気を強めずに反論した。
「次の瞬間のことだって、どうせわかんねぇだろ」
 息を呑んだ冬哉を前に、こいつの転落理由が“本人も直前まで思いもしなかっただろう”事故であったことに気付く。
「悪い」
「いや、それもそうだなと思って」
 しゅんとして謝れば、腑に落ちたように笑まれた。
 場の雰囲気が穏やかさを取り戻したところで、担当看護師と思しき男性がやってくる。
「宮村さーん、検温のお時間でーす」
「はーい」
 返事をする冬哉に「じゃあ」と挨拶をし、看護師に会釈を返して歩き出したところで声を掛けられた。
「利佳。今日はお前とちゃんと話せて良かった」
 足を止めて顧みると、「俺も」と答える。
「冬哉。待ってるからな」
「ああ」
 色々な思いを込めて告げれば、明るい顔で立て続けに頷いて両口端を上げられた。

- fin -

(初出:pixiv/2016-06-09)
(加筆修正:2020-09-08〜09-17)

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